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   629mの猿投(さなげ)山の麓の丘陵地帯で、緑豊な地域で、梨、桃、柿の産地で果物の宝庫です。
   梨は生産量2,360トンで県内第1位です。収穫は7月末より、「長寿」に始まり、「幸水」「豊水」、さら
   に10月に「新高(にいたか)」、12月に「愛宕(あたご)」と続きます。ジャンポナシと呼ばれる「愛宕」は
   生産量が全国1位を誇ります。2kgの重量と良い甘さが年末年始の贈答品として人気を集めています。
   桃の生産の盛んです。猿投山の麓は「モモの里」と呼ばれ、生産量610トンは県内第1位です。春には
   一帯桃の花が咲き乱れ、幻想的な風景を作り出します。

   観光スポットは、猿投山と麓の猿投神社です。

猿投山    猿投神社横の道を登ると山頂に登ることができます。車でも行くことができます。

標高629mの猿投山は、古くから霊峰として知られ、シイ、カシをはじめとしたこの地方の貴重な原生植物が、
昔のままに生い茂っています。山麓は国指定の文化財など歴史的史跡に富み、棒の手でも有名な313年の
創建といわれている猿投神社があります。
 山腹には天然記念物の菊石(球状花崗岩)があるほか、上流には猿投七滝など見どころが多く、遊歩道を歩
けば四季折々の自然が満喫できます。また猿投神社から猿投山頂を通り抜ける道は、東海自然歩道のコース
になっています。

(平成15年6月20日撮影)

トロミル水車小屋
トロミルはサバ土から良質な陶磁器の原料作るものです。
このような水車を利用したものは昭和40年代で、それ以降は電力におされて姿を消しました。山からとったサバ土を篩(ふるい)にかけ、サバの部分だけをトロミルに入れ、水を加え、2昼夜位回転させると、中に入っている種石(栗石)によって押しつぶされ、泥状になります。これを乾燥させたものが陶磁器の原料となり、おもに瀬戸もので有名な瀬戸に送られていました。
ハイキング用の立て看板
東海自然歩道の一部にもなっています。週末になるとリュックを背負ったハイカと出会いま
す。歩いて登ってみるのも気持ちがいいでしょう。森林浴に最適で、季節の花々、鳥の鳴き声
川のせせらぎが聞こえ、リラックスできます。お車の方も、時折降りられて、外気を味あうのも
いいでしょう。
東の宮
西の宮
広沢神社
猿投山お勧め散策コース
菊石と呼ばれる天然記念物の石や七滝めぐりが自慢です。涼が恋しい夏場には、もってこい
の観光スポットです。
猿投山の球状花崗石(国指定天然記念物 昭和6年2月20日指定)
花崗岩の結晶が菊花の花弁に似ているところから菊石とも呼ばれ、このあたりの川床や岸の雲母花崗岩の中に多く見られるものです。花崗岩類にこのような現象が見られることは珍しいそうです。大きさは、4〜8cm、中心部は2〜3cmとのことです。

写真をクリックされますと、大きめの写真があらわれます。

(石の周りは盗難防止の金網で守られています。自然が織り成したものを皆で大切に保護しましょう。)
山を流れる川、滝
透明度の高い清らかな水が流れる川に沿って、散策道があります。滝めぐりを是非どうぞ。


猿投神社
        説明は、「猿投神社由緒記」より抽出しております。

猿投神社
延喜の制(967年)に砥鹿(とが)神社、知立(ちりゅう)神社についで、三河三宮と称されたそうです。神領は、織田、豊臣二氏の先規により徳川家康公が高776石(神社では三河国一位)の朱印を付し、明治維新まで続いたそうです。
鳥居より本殿を臨む
建物は室町時代末期のものといわれ、豊田市内では最古の寺院建物だそうです。秋の祭礼では棒ノ手が奉納されます。棒ノ手の起源は、東照軍艦に、「天文23年(1554年)岩崎城主(現在日進市)丹羽勘助氏次の城下に於て加賀の住人其が此の枝を村民に教え、枝に熱達した者を募り、軍装して猿投神社に奉納す」と記されているようです。棒ノ手の流派は、起倒、見当、鎌田、夢想の四流があるそうでうす。昭和32年、棒ノ手が県の無形文化財(現在は無形民族文化財に指定され、各地に棒ノ手保存会が結成され、伝承されています。
左鎌の奉納由来
古来より左鎌を奉納し祈願する信仰がありました。その由来は記録がないため、判然とはしないようですが、古老の言い伝えによると、双生児の場合は一方が左遣いの名手であるそうです。祭神、大碓命(おううすのみこと)は小碓命(おうすのみこと・日本武尊)とは双生児で、命が左遣いであったようです。当時左鎌を用いてこの地方の干拓をされた御神徳を慕って所
願の成就を祈る時に左鎌を奉納したようです。現在は職場の安全、交通安全祈願を祈る会社関係の奉納に多くの人々が訪れます。